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松輪 (海防艦) : ミニ英和和英辞書
松輪 (海防艦)[まつわ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [まつ]
 【名詞】 1. (1) pine tree 2. (2) highest (of a three-tier ranking system) 
: [わ]
 【名詞】 1. ring 2. hoop 3. circle 
海防 : [かいぼう]
 【名詞】 1. coastal defense 2. coastal defence
: [かん]
  1. (n,n-suf) warship 

松輪 (海防艦) : ウィキペディア日本語版
松輪 (海防艦)[まつわ]

松輪(まつわ)は、日本海軍の海防艦。普遍的には択捉型海防艦の2番艦とされているが、海軍省が定めた艦艇類別等級では占守型海防艦の6番艦。
==艦歴==
マル急計画の海防艦甲型、仮称艦名第311号艦として計画。1942年2月20日〔〔、三井造船株式会社玉野造船所で建造番号325番船〔『三井造船株式会社75年史』、p. 816。〕として起工。8月20日松輪と命名され、本籍を佐世保鎮守府と仮定し、占守型の6番艦に定められる。11月13日〔〔、進水。
1943年3月23日竣工し、本籍を佐世保鎮守府、役務を佐世保鎮守府警備海防艦にそれぞれ定められ、佐世保鎮守府部隊に編入。31日、南西方面艦隊第一海上護衛隊に編入。4月1日、同隊軍隊区分北支隊に編入。6日、高雄に向け単艦で佐世保発、8日に高雄着。21日まで高雄-馬公間で行動。22日、軍隊区分東支隊に編入され、746船団を護衛しマニラに向け高雄発。25日、マニラ着。以後南西方面や西カロリン方面の護衛に従事。6月8日、軍隊区分西支隊に編入され、シンガポールサンジャック方面の護衛に従事。11月15日、第一海上護衛隊は海上護衛総司令部隷下となる。
1944年1月26日から31日まで佐世保海軍工廠で機関修理と電波探知機設置工事。4月25日から5月13日まで佐世保海軍工廠で整備と電波探知機の基礎工事〔該当部の戦時日誌原文ママ。ただし電波探知機の設置は同年1月に終了している。〕。
7月28日、軍隊区分掃蕩隊第三掃蕩小隊を草垣と編成し草垣海防艦長指揮下で行動。8月7日に草垣が沈没したため、13日に軍隊区分掃蕩隊第二掃蕩小隊を屋代日振と編成し屋代海防艦長指揮下で行動。16日、軍隊区分掃蕩隊第三掃蕩小隊を佐渡、日振、擇捉と編成し佐渡海防艦長の指揮下で行動。17日からヒ71船団に同行したが、同船団がアメリカ潜水艦の攻撃により損害を出したため、第三掃蕩小隊(当時は擇捉欠)は遭難現場に留まり潜水艦の掃討にあたった。しかし成果は無く、21日には現場を引き払いマニラへ向かう。22日0400ごろ、小隊の各艦はのバターン半島の西方50キロ地点でアメリカ潜水艦ハーダーハッドに発見された。海防艦はルソン島寄りから松輪、日振が平行し、佐渡はその後ろを航行し三角形の陣形を成していた〔#海防艦戦記p.108〕。攻撃は0500時から0830時までの間に行われた。まず、ハーダーが日振と松輪を目標に、ハッドが佐渡を目標に攻撃し、3隻は損害を受ける。松輪はハーダーからの魚雷1本が命中して艦体を両断され、艦橋より前方を喪失して航行不能となった〔〔#Blair p.718〕。その後、ハーダーの二度目の攻撃でさらに被雷し、沈没した〔ほか、他の2艦も撃沈された。海防艦長の土取英少佐以下乗員134名が戦死、12名が負傷した。残存艦が擇捉のみとなった第三掃蕩小隊は24日に編成を解かれた。
10月10日、松輪は占守型海防艦から削除され、帝国海防艦籍から除かれた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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